Exhibition 2015


営業時間:11:00-19:00(日・月・祝祭日定休)

会場:NANZUKA [ ACCESS MAP ]

オープニングレセプション

    この度、NANZUKAは、田名網敬一の70年代後半から90年代初めにかけての作品を集めた回顧展「空中回廊」(1975-1993)を開催いたします。

    田名網敬一は、1936年東京生まれ、武蔵野美術大学を卒業。1960年代より、グラフィックデザイナーとして、イラストレーターとして、そしてアーティストとして、メディアやジャンルに捕われず、むしろその境界を積極的に横断して創作活動を続け、アニメーション作品からシルクスクリーン、漫画的なイラストレーション、コラージュ、実験映画、ペインティング、立体作品とその創作活動の幅を広げてまいりました。現在も尚広義の「編集」という方法論を用いながら、「アートとデザイン」、「アートと商品」、「記憶と編集」といったテーマに対して実験的な挑戦を試み続け、その国際的な評価は日に日に高まっています。近年の田名網の主要な展覧会として、個展「No More War」(Schinkel Pavillon、ベルリン)、グループ展「Ausweitung der Kampfzone: Die Sammlung 1968 - 2000」(ベルリン新国立美術館、2013)、「International Pop」(Walker Art Center, Dallas Museum of Art, and the Philadelphia Museum of Art、2015)、「The World Goes Pop」(Tate Modern, 2015) 、「Unorthodox」(Jewish Museum,NY)など。また今後も、Karma International(Zurich)や Sikkema Jenkins & co (NY)といた海外のギャラリーでの新作個展も控えています。

    田名網の70年代後半から80年代に渡っての作品は、60年代半ばに開拓されたアメリカンポップスタイルからの脱却とも捉えることができます。田名網は、神秘主義、象徴主義的な関心を強め、この時期に数多くの木彫作品、ペインティング、プリント作品を制作しています。また、同時進行で実験映像作品の制作にも熱中し、「人工の楽園」(1975)や「幼視景 もう一つの虹色都市」(1979)、「夢型録」(1984)など、70年代初めから80年代半ばにかけて25本もの作品を制作しています。これらの作品は、「日本の実験映画特集」(MOMA他、1978)、「カンヌ国際映画祭」(1983)、「日本の実験映画の歴史展」(パリ・ポンピドー・センター、1987)、「田名網敬一の映像作品」(MUDAM - Museum of Modern Art - Luxembourg、2011)、「Japanese Underground Cinema Program 6 : Radical Experiments in Japanese Animation」(MoMA、2013)など多数の国際展、映画祭で発表されています。

    田名網は、1970年代半ば以降ギャラリーでの展覧会も積極的にこなしています。1976年、幼少期の原風景を視覚化させた『KODACHROME』シリーズによる個展「幼視景」(西村画廊)の後、1977年に青画廊における個展「忘遠鏡」で最初の木彫による立体作品のシリーズを発表。1979年にも同じく青画廊にて続くシリーズの立体作品を含む個展「もう一つの人工の楽園」を発表。翌1980年に、ギャルリー・ヴィヴァンにて更に進化させた立体作品の新しいシリーズとシルクスクリーン作品による個展「擬景図鑑」を開催しています。

    田名網の木彫作品への関心は、幼児期の「積み木遊び」や「目黒雅叙園の底知れぬ迷宮体験」を主な契機として本人も挙げていますが、他に1980年の中国旅行によっても大きな影響を受け進化を遂げました。「西洋の庭園が無限の広がりを表すのに比べ、中国、日本の庭園は縮景、つまり自然を凝縮した中で更に大きな宇宙を表現するという考え方に興味を持つ」と後に田名網も語っていますが、その後の10年間を通した田名網の創作活動を紐解く一つのキーワードと呼べるでしょう。また、田名網は1981年に結核から胸膜炎を患い、生死の境を彷徨って約100日間の闘病生活をします。この時、田名網は病床から松に出会います。「・・・なにかの本で呼んだ『天から神が松をつたって降りるのを待つので、マツという』の一説を思い出した。窓外の松は、知らず知らずのうちに私を、奇想天外な迷宮、東洋的楽園世界に、誘いこんでいった」。松はこの後、田名網の作品において金魚と並んで最も象徴的なモチーフとなります。この経験以降、田名網の作品には「生と死」という普遍的なテーマが宿るようになり、桃を抱き鶴に乗った寿老人、五彩の常磐松、蓬萊山のようなピラミッド、七色の海、象、千羽鶴といったおめでたいモチーフと、生き物のように造形化された松、監獄のようなリングや檻、男根、裸婦、骸骨といったモチーフが同居するペインティング、立体作品、プリント作品を次々と制作するようになります。

    この時代の田名網は、自身の体験や記憶とどのように向き合うのかということをテーマに、無意識に呼び起こされたイメージや夢への関心を強めていきます。田名網は、自身の記憶を疑い、またそれを肯定することで、作品のイメージを膨らませ記憶を造形化する愉しみを得たのです。戦争時に脳裏に焼き付いた残酷な記憶、戦後のGHQ占領下で刷り込まれた娯楽映画などの進駐軍文化、中国旅行で再発見したアジア文化の妙味、生家で見た呉服生地のデザインや色彩、生死の淵で見た幻覚など、この時代の田名網作品はそれら全てを複雑に再構築させたブラックボックスと呼ぶことができるでしょう。

    田名網は、この時代の総括として80年代後半から90年代初めにかけて、「田名網敬一の楽園・空中回廊」(渋谷・西武シードホール、東京、1986)、「森の掟」(渋谷・西武シードホール、東京、1988)、「田名網敬一展」(アヌシー・シャトウ美術館、フランス、1987)、「田名網敬一の世界展」(池田20世紀美術館、静岡、1992)など数多くの個展を行っておりますが、本展は、改めてその全貌を俯瞰的に捉えるべく、展覧会を一部と二部に会期を分けて、その歴史を辿ることを目的としています。第一部では、“擬似庭園”というコンセプトの基に1977年より1992年にかけて制作された一連の木彫作品を配置したインスタレーション、ペインティング、プリント作品、そして実験映像作品を展示する予定です。第二部では、当時のデザインを基に2004年にgrafとのコラボレーションで制作された大型の家具や、80年代のペインティング、プリント作品等を展示する予定です。

    「幼児期の記憶の総体は真実から掛け離れたもので、どれも正確な記憶ではない。自分の都合のいいように、日々つくり変えられている記憶は、私という人間に大きく揺さぶりをかけているのかもしれない。「記憶は嘘をつく」という定説があるが、嘘の記憶だって、私にとってのもう一つの真実に違いないのである。」(田名網敬一)

    本展に寄せて、7月11日(土)18:00-20:00にアーティストを囲んでオープニングレセプションを開催致します。
    皆様のご来場を、心よりお待ち申し上げております。

    作家詳細はコチラ